ホーチミンのタクシードライバー
ホーチミンでタクシーに乗ったときのこと。
ホーチミンでは中心部からかなり離れたBình Chánh区という地区のホテルに宿泊した。そこから中心部である1区まで行くのに、ちょっとわけあってGrabではなくタクシーを使った。
ドンコイ通りとレタントン通りの角までとベトナム語で伝えたら、運転手がひどく驚いて、「どうしてベトナム語ができるんだ? ベトナムに住んでいたのか?」と聞いてきた。
かなり長く住んでいたと答えると、「ベトナムは好きか?」「ベトナム人についてどう思うか?」と質問が飛んでくる。
運転手は50代と思われる男性で、北の言葉を話す。
ベトナムは好きだし、ベトナム人は開けっぴろげで客好きだ。ただ、規律を守るという点について言えば日本人より落ちると思う。と当たり障りのない回答をする。
すると、「いや。あんたは本当のことを言っていない」「日本人は素晴らしい。第2次世界大戦で焼け野原になったのに、勤勉さによって経済大国になった。大地震と津波でひどい損害を受けてもすごいスピードで立ち直った」
「あの津波の後、日本では略奪が起きず、みんな行列を作っていた」と手放しで日本をほめる。
「いや。たしかにハイチで天災が起きたときのような略奪はなかったけど、盗みを働くヤツはいたんだよ」と、一応言っておく。
「日本は世界中の尊敬を受けている」と言うので、「ベトナムもすごいよ。世界で唯一アメリカに戦争で勝った国じゃないか」とベトナムをほめた。
「そうだ。けれど、そのためにベトナムがどれだけの犠牲を払ったか知っているかい?」
「確かに多くの人が死んだよね。200万人だか300万人だか……」
「違う。本当は600万人死んでるんだ。表立っては言えないけれど」
ファン・ボイ・チャウの東遊(ドンズー)運動などにも詳しく、この運転手はインテリだとしか思えない。
「前は違う仕事をしていたんだ」と言ったが、何をしていたのかは教えてくれなかった。
「ベトナムが好きだと言ってくれてうれしい。できればベトナムで働いてほしいし、日本とベトナムの関係をよりよくするようなことをしてほしい」
「今日はお客さんと話ができてよかった」
こうしておよそ30分のドライブは終わった。