眠れない夜の散歩道

ベトナム帰りの50代男が綴る東京生活

神の忘却力を持つ男

映画を見るのと本を読むのが大好きだ。
学生時代には年に100本ほど映画を見ていた。それも映画館で。

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本はいろいろなジャンルのものを読む。でも、楽しむために読むならやっぱり小説だ。
映画も小説も、基本的には一人で楽しむもの。けれども、好きな映画や小説について同好の士と語り合うのもまた楽しい。
中学校の頃には好きなアニメについて友だちと話し込んだものだ。

50年以上生きてきて、けっこうな数の映画を見たし、小説を読んだ。
映画で言えば、たとえば「我が谷は緑なりき」「地上より永遠に」「天井桟敷の人々」「カサブランカ」など、すごくよかった。とても感動した覚えがある。

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しかし……残念なことに、今そのストーリーを全く覚えていないのだ。そればかりでなく、どんな役者がどんな役を演じていたかもさっぱり思い出せない。
「よかった」という記憶ははっきりしているのに、中身を全く思い出せないという情けない事態に陥っている。
だから、仮に同じ映画のファンと話をする機会があったとしても、それについて語り合うことができない。

さすがに、いちばん好きな映画の一つで何度も繰り返し見た「ルパン三世カリオストロの城」は中身をよく覚えているからどのシーンについてでも人と話ができる。それでも、30年前なら冒頭のルパンと次元がロープにつかまってスルスル下りてくるシーンからルパンたちと銭形警部たちが画面奥に消えていくラストシーンまで頭の中で完全に再現することができたが、今ではできなくなっている。

同じことは小説にも言えて、いくら感動しても、読み終えた次の瞬間からすごいスピードで忘却が始まってしまう。
たとえば日本の探偵小説では横溝正史が好きだ。「本陣殺人事件」「獄門島」「悪魔の手毬唄」「犬神家の一族」「八つ墓村」など、めちゃくちゃおもしろくて他の人と話をしたくなる。ツイッターには横溝正史クラスタがあって、ときどきオフ会をやっているらしい。そういうのに参加してみたいという気持ちは湧いてくるものの、もしもそうしたら周りの会話に全くついて行けないのが目に見えている。なので、指をくわえてながめているだけだ。

記憶力が悪いせいで人生の楽しみの何分の一かを確実に失っていると思える。
しかし悪いことばかりではない。記憶力が弱いおかげで得をすることだってある。
昔読んだ推理小説を読み返したとき、ストーリーはおろか、犯人が誰かさえ忘れてしまっていることがよくある。だから再び新鮮な気持ちで謎解きに取り組めるのだ。
映画もそうで、すっかり忘れてしまっているからこそ、もう一度見たときに初めてのときのような感動を味わうことができる。

そう考えると一長一短だが、やっぱり「天井桟敷の人々」について同好の人たちと語り合えるような記憶力がほしかったなあ。